人生の休み時間
2025/05/26
この春、次男が進学のため家を出て、夫婦二人の生活になりました。
家が何となく広く感じ、時間もかなり余裕ができて、何か新しいことでも始めないともったいないな、と思ったりしています。
とは言え、これまで通り、火・木・土曜日は若者サポートステーションの勤務があり、間に公共職業訓練のキャリアコンサルティングがどんどん入ってきますし、企業や個人のキャリコンもお受けしている上に、80を過ぎた両親が時々体調を崩して病院に付き添ったり、相談に乗ったりと相変わらずな毎日です。
自分では感じてなかったのですが、年明けから息子の受験や新生活の準備、引っ越しと、通常の仕事をこなしながらの毎日にかなり気を張っていたようで、4月に入って息子も自分たちの生活も落ち着いてくると、少し気を抜いてもいいのかなと思うようになりました。
毎年、年度が替わったばかりの4月は比較的余裕があるので、自分のところも断捨離したい、衣替えもしないと、と思いつつ、寒い日が続いたので、しばらくはコタツにあたりながらのんびりした時間を過ごしていました。
自分でも、「今は充電期間だな」と思い、できた時間の使い方をあれこれ考えたりしていましたが、こういうお休みが人生には時々必要なのかもしれないと思っています。
10年ほど前、気に入っていた仕事から意に反して離れることになり、ずいぶん落ち込んでいた時期がありました。
ひと月ほど鬱状態になり、毎日、何を見ても涙が出て新しいこともやる気にならず、自分の境遇を客観的に見ることもできない日々が半年ほど続きました。
それでも、このままではいけないと次の仕事を探すようになり、ちょうどキャリアコンサルタントの養成講座に参加したことで、今の人生につながっています。
人はやはり、底までいくと上に登りたくなる性質をもっているようです。
あのとき立て直すことができたのは、無理にどうこうしようとせず、いいだけ休んだからだろうと思うのです。
その時の経験が、今の相談業務にも役立っています。
毎日、忙しさに追われて過ごしていると、自分自身に立ち戻る時間がなかったりしますよね。
素の自分の心のあり様を忘れてしまい、忙しさがなくなった時、空の巣症候群になってしまうこともあります。
次への進行方向が決まらないときは、心が自然に決めるのを待つ。
そのためにも、ありのままの自分に立ち返る休息時間が必要だと思います。


