<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>日々遭遇するさまざまな案件や、キャリアコンサルタントとして働く中で考えたことなどをお伝えします | 長野のキャリアコンサルタント・キャリアデザインオフィス あかつき</title>
<link>https://aka-tsuki.info/blog/</link>
<atom:link href="https://aka-tsuki.info/rss/202373/" rel="self" type="application/rss+xml" />
<description>働くこと、仕事に関するカウンセリング、研修・講演・ワークショップなどこれまでに対応した案件や、日々の仕事で感じることなどから、当オフィスを知っていただくためのブログです。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>カウンセリングルームから</title>
<description>
<![CDATA[
このところホームページ経由で、個人の方からカウンセリングの依頼をお受けすることが多くなっています。再就職の支援をしている組織は何カ所かあるのですが、仕事を持っている方が相談できるところは限られているからでしょう。仕事を持っていても、順調なときばかりではありません。回りの人間関係や異動・転勤の話があったり、自分の働き方、生き方を振り返ってみたくなる時もあるでしょう。
そんな時こそ、カウンセリングを受けていただけると良いのではと思います。多くの会社が、辞職する一カ月前には申し出をするように促しているので、この時期は迷っている人にとっては心乱れる時期ではないでしょうか。
カウンセリングで退職の話が出ると、本人の気持ちをお聞きした上で、退職届を出してから一カ月はその会社に行かなければならないことや、次の仕事がすんなり決まるかどうかは分からないなど、心理的な負担も大きいことを説明し、それでも辞めたい気持ちが上回るようであれば退職するというお話をしています。今の時代、ひとつの会社で退職まで30年以上も働き続けることができる人は、とても恵まれていると言っても良いでしょう。日々思うことはあっても、辞めたいと思うほどではなく、自分の承認欲求や達成感もある程度満たされていると思われるからです。また、人生には何度か、予期せぬ転機が訪れます。
自分の病気だったり、子どもや親・家など環境がもたらすものだったり、会社が続けていけなくなったりということも考えられます。それらを乗り越えることができたということは、環境的に恵まれていたとも言えるのです。最近は適応障害になって休職される方も増えていて、かなり心配です。
頭では何とかなると思っていても、身体が拒否反応を示してしまい、会社へ行けなくなってしまう例が多いようです。お休みすることで症状が改善されるなら、やはり働いていた環境を変えた方が良いね、ということになります。日本人はまじめで勤勉な人が多いので、限界まで働いてしまったり、周りの人に話さず自分だけで抱えてしまう傾向があります。相談を受ける側は、「そこまで頑張らなくても…」と感じることもあります。一度病んでしまうと、次の仕事へ向かう気持ちが整うまでに時間がかかってしまうこともあり、できればそこまで行く前に、誰かに相談して、とにかく一度、重苦しい気持ちを外に出すことが大切です。
同僚や知り合いに話しづらければ、客観的に話せる専門職を頼ってください。無料の相談場所もありますので…。ちょうど確定申告の時期なので、昨年の振り返りをしながらどのくらいカウンセリングをしたのか調べてみたところ、400人を越える方とお会いしていました。その皆さんが少しでも前へ進むことができたのなら、私の仕事もお役に立てたと言えるでしょう。
]]>
</description>
<link>https://aka-tsuki.info/blog/detail/20260304164054/</link>
<pubDate>Wed, 04 Mar 2026 16:40:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>自分の心も整える</title>
<description>
<![CDATA[
実家で暮らして半年が経ち、自分のペースも軌道に乗りました。
朝は母とのラジオ体操から始まり、南アルプスから登ってくる朝日に手を合わせ、一日の健康を願います。
私の仕事は日々違うので、冷蔵庫の扉に一週間分の予定を書いてあり、これまで曜日感覚の薄かった両親も、生活にメリハリがついているようです。夕方帰ってくると、両親はもう夕飯を食べていることも多く、自分も食べ終わって食器を片付けても、まだ夜の７時だったりします。
食事づくりが少し億劫になっている母は、自分のペースで作り始めるので、昨日ももう５時すぎから料理を開始していました。
なので、自分が布団に入るころは、すでにお腹が空いていたりします。心配なこともいろいろありました。
昨年秋、母が転倒し左手首の辺りを骨折。リハビリに時間がかかりましたし、父の難聴はさらに悪化している様子で、日常の会話も気を遣います。
それでも、朝、二人がいつも通り起きてくると、ああ、今日も元気でいてくれて良かった、と胸をなでおろす日々です。一方で、結婚前に使っていた部屋を再び自分専用にできたことや、引っ越しの際に断捨離を決行したことで、自分の生活がシンプルになったと感じています。
最近は、ネットで打ち合わせや研修の機会も増えましたが、そういった環境も整えやすくなり、心理的な安心感が深まりました。何より、ベランダへと続く大きな窓から、温かい日差しが燦燦と差し込んでいる様子は、お日様の光が大好きな自分にとって、心安らぐ風景です。
日曜日の昼下がりに、その窓の内側に座って背中を温めながら、お気に入りのコーヒーを飲む時間は、まさに至福。
それなりに代償を払って手に入れた生活でしたが、そんな穏やかな時間が心の余裕に繋がっています。日々、カウンセリングを受けていると、さまざまな事例にぶつかり、時にはこちらの心も痛むことがあります。
どうにかしてあげたくても、厳しい環境に置かれている人も多く、私ができることは、話を聞いてその人の中にある答えに気づいてもらうこと、自分の経験値から役に立ちそうな事例を話してあげることくらいだったりします。そういった仕事なので、自分自身の心と身体・生活の安定を保ち、どんな人にも自身の平衡感覚を保ちながら、話を聞くことのできる余裕を作っておくことが本当に大切だと感じています。
こうして相談者に向き合う時間こそが、支援者としての研修にもなっているのです。ただ、人生経験は年齢分あっても、時々、言い過ぎたり、相談者を不快な気持ちにさせてしまうこともあります。
そうならないよう、相談者と向き合うたびに、「フラットな気持ちで…」といつも自分に言い聞かせているのですが、安定してカウンセリングができなくなれば、そこは考えるしかない、とも感じます。
私自身も、支援者としてはまだ成長過程である、ということでしょう。
]]>
</description>
<link>https://aka-tsuki.info/blog/detail/20260120211111/</link>
<pubDate>Tue, 20 Jan 2026 21:13:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『社会性が身についているか』</title>
<description>
<![CDATA[
新年も10日が過ぎ、日常の生活が戻って来ました。
１～２月はしっかり予定が入っていて、ありがたいなあと感じております。
コツコツと頑張っていきたいですね。昨年末、メモリースティックが１本ダメになり、書いてあったブログ用の記事が２～３本消えてしまったので、またまた更新が空いてしまいました。
調子が悪かったのを、だましだまし使っていた自分が悪いので、早々に諦めてしまいましたが、なかなか次に取り掛かれず、目標としている更新回数を維持できずにおります。今年こそは定期的な更新を、と気持ちを新たにしているところです。新年最初の仕事は、公共職業訓練のカウンセリングでした。
私も受講経験がありますが、職業訓練に参加する方の受講理由はさまざまです。年齢層も高校を卒業したばかりの10代から、退職後の学びにと60～70代の方がいらっしゃるときもあり、３～４カ月同じメンバーで学ぶので、交流の機会も生まれます。
自然とクラスごとカラーが生まれてくるのですが、女性たちが机を寄せて、和気あいあいとお昼を食べているクラスを見ることもあり、ちょっと微笑ましく思っています。再就職を考えたとき、採用側が気にすることにひとつに、『社会性が身についているか』と言う点があります。
周りの人とのコミュニケーション能力に加え、ちゃんと場にあった挨拶ができる、敬語を使いこなすことができる、その会社のルールを守ることができると言った、社会人の基礎と言える部分が備わっているかどうか、ということです。これまでの経験から言うと、学生でもアルバイト経験があったり、課外活動などに積極的に参加していた人は、年齢が若くてもそういった要素が備わっている人もいますし、社会人経験が長くても、一社に長く働いていた人の中には、なかなかそういったことになじめず、再就職がうまくいかない、と言う例もあります。
社会人になってからの年数だけでは測れないということですね。周りの人とのコミュニケーションの取り方については、プライベートが重視される時代となり、周りの人との関わりを作っていくのはなかなか難しい時代になりました。
そのことについてお話しするとき、私はいつも「自分についての適度な情報公開と、周りの人の適度な情報収集を心掛けましょう」とお伝えしています。どの人にも、通院や介護、子育てや趣味などさまざまな事情がありますから、それをあらかじめ周りに伝えておくことと、周りの人にもそういった事情があるという前提に立って、適度に話を聞いて覚えておくことが重要です。この「適度な」というところが大切で、その人との関係がスムーズにいくための情報量があればいいので、必要以上に突っ込んで聞く必要もありません。
また「自分はコミュニケーションを取るのが苦手」と思っていると、自分から殻に閉じこもる感じを作ってしまいます。周りの人を一人ひとり見て、その人と自分との関係をつくるというつもりで、必要に応じた関係を作っていきましょう。
]]>
</description>
<link>https://aka-tsuki.info/blog/detail/20260110220541/</link>
<pubDate>Sat, 10 Jan 2026 22:23:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『実践！ホームページ作成講座』の講師を務めました</title>
<description>
<![CDATA[
初心者向けHP講座、ネット上に情報があるか、ないかでは大きく違います
]]>
</description>
<link>https://aka-tsuki.info/blog/detail/20251124165400/</link>
<pubDate>Mon, 24 Nov 2025 17:03:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『いいだ女性起業家養成講座』の講師を務めました</title>
<description>
<![CDATA[
起業し、仕事を作っていくことも、どう生きるかの中にあると思うのです
]]>
</description>
<link>https://aka-tsuki.info/blog/detail/20251119103249/</link>
<pubDate>Wed, 19 Nov 2025 10:35:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>『PORTキャリア』で就活の大海原を渡る</title>
<description>
<![CDATA[
学生時代、そろそろ就職先を決めなければいけない時期となり、周りの友達が採用の連絡をもらう中で、私は一人、途方に暮れていました。
一番の悩みは、「何を基準に就職先を選べばいいのか」ということでした。
特別できることも、得意なこともなく、成績は平凡と言うより不出来でしたし、学生だと甘く見てもらえていたところから、職場という何をどう頑張ればいいのか分からない、大海原に放り込まれるような心細さがありました。当時は学校で職業教育というものはなく、就職先を決めるのに何が必要なのかが全く分かりませんでした。
でも今は、就活サイトが数多くでき、自己分析のツールもさまざまに用意されています。
自分自身で就活を進めようと思えば、情報がいくらでも得られる状況になっているのです。そんな中、この『PORTキャリア』さんからお声掛けいただき、さまざまなテーマで記事を執筆させていただきました。
このサイトの良いところは、テーマが細分化されていて、よりニーズにあったものを探すことができることと、自己分析ツールや例文がたくさん用意されていて、即活用できることだと思います。
大学生やその前後の年齢の皆さんに、ぜひご活用いただきたいと思います。
]]>
</description>
<link>https://aka-tsuki.info/blog/detail/20251103162714/</link>
<pubDate>Mon, 03 Nov 2025 16:52:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>マイナス思考は思いグセⅡ</title>
<description>
<![CDATA[
マイナス思考は悪いことばかりではありません。
誰だって、痛い思いをしたくないはず、だから先に起こりそうなことを心配してしまうんですね。なので、不安に思うこと、心配なことを「どうしよう、どうしよう」と思って立ち止まっていないで、「それが起こった時はどう対処すればいいか」と考えることで、リフレーミングができます。また、マイナス思考にはいくつかのパターンがあります。ひとつ何かダメなことが起こると、他のことまで「もう何をしてもだめだ」と思ってしまう。
一度うまくいかなかったことを「やっぱり自分は何をしてもだめだ」と大きくとらえてしまう。
本当にそうなのかを検証せずに「あの人はきっと、私のことを嫌っている」と思いこむ。
うまくいったことも、「こんなことができたくらいで、自分はできると思ってはいけない」という過度の一般化、などが上げられています。前回書いたように、「実際に起こったことは何か」に立ち返り、自分が勝手に意味づけしてはいないか、と考えてみることが大切です。また、幼少期の両親との関係や、過去に失敗してしまった経験が、そういう思考を生んでいることもあります。
カウンセリングをしていて、そんなことを感じると私は、「親御さんはどういう人でしたか？」「これまでに、なにかきっかけになるような出来事がありましたか？」とお聞きすることがあります。そうすると、親御さんが厳しい人だった、あるいは自分との関係性があまり良くなかった、という方や、過去の失敗を話される方もいらっしゃいます。
「だから自分ってこうなんです」と、あきらめ顔で話されたりします。そんな時、私は「過去のそういった経験に、今起こったことを紐づけして、自分でマイナスの方に引っ張ってしまっていませんか？」とお話します。
もし相手の状況が大丈夫そうなら、「いつまでも過去に起こったことに囚われているのは、ちょっと時間がもったいないのでは？」と言ってみたりします。過去にあったことは、いちいち取り出さずに、心の片隅にしまっておく。
それが良かったことか、悪かったことかの色をつけない。
今回失敗したことや、心配なことは、それ単体で考えるクセを付けるのも良いですね。「もう二度と痛い思いはしたくない」と思っても、生きていれば何かしら、痛い思いをするものです。
嫌なことを思い出すのは辛いですが、「二度と同じ轍は踏まない」と思って、同じような失敗をどうすれば避けられるかを考え、失敗を経験値にしていくことができれば良いですね。
]]>
</description>
<link>https://aka-tsuki.info/blog/detail/20251008221247/</link>
<pubDate>Wed, 08 Oct 2025 22:21:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>マイナス思考は思いグセ</title>
<description>
<![CDATA[
先日、自宅での朝の出来事です。
我が家には神棚があって、毎朝父がそこへお茶を供えています。
神棚は天井近くにあり、椅子に上らないと届かないので、いつも食卓の椅子を下へ持っていって、その茶碗を下ろしたり、新しいお茶を供えたりしていました。その日は父が椅子に登り、茶碗を下すと、すぐ下にいた母に渡しました。父は片膝を手術しているので、椅子の背に手を掛けて、安全に降りようと思ったのでしょう。
すると、父が椅子から降りた拍子に、母の腕に身体のどこかが当たってしまい、茶碗が落ちて割れてしまいました。すぐに母は「神様の茶碗が割れてしまったから、縁起が悪い」というようなことを言います。
私はとっさに、「こういうことがあると私は、『今日の悪いことはこれで済んだ。もう今日はこれ以上悪いことは起こらないから、朝に済んで良かった』と思うよ」話しました。
すると父が横から、「神様が、そろそろ新しい茶碗に替えてくれって言ってるんだよ」と言います。それでその場は良い雰囲気になり、話は終わりました。冷静に考えれば、ただ茶碗がひとつ、割れただけのことです。
それを、そこにいた３人がそれぞれに意味づけしているのです。
そう考えれば人は、起こった事象に勝手に自分の思いを繋げようとしていることが分かります。母は心配症で、いつも自分たちの将来や身内のことを心配しています。
話を聞いていると、比較的マイナスイメージに引っ張ってしまっていることが多く、私はいつも「考えても自分で結果が出せないことで悩まないようにして」と言っているくらいです。こんなふうに、起こった物事について悪い方に考えてしまう人のことを『マイナス思考』の持ち主とよく言われますよね。
思考がどんどんマイナスの方へ連なっていって、辛くなってしまう方もいます。しかし、マイナス思考は悪い面ばかりではありません。
先に起こりそうなことを予想して、失敗しないように準備をすることもできるからです。また、マイナス思考は性格だから治せないと思っている方もいらっしゃいますが、これは単なる『思いグセ』なんです。
ですから、自分で治そうと思えば治すことができます。まずは先ほどの茶碗の話のように、実際に起こった事象は何かを考え、それについて自分はどう思ったかを分けて考えます。
とっさに思いつくことが、自分の思いグセなので、その方向性をマイナスでない方へ向けられるようになれば良いのです。
これを「思考のリフレーミング」（枠組みの再構築）と言います。もし自分自身のことでリフレーミングが難しければ、「家族や親しい友人が同じことを言ったら、どう返す？」と考えてみましょう。
そんなふうに、自分の思考を客観的に見ることが大切です。このお話は次回も続きます。
]]>
</description>
<link>https://aka-tsuki.info/blog/detail/20250929091737/</link>
<pubDate>Mon, 29 Sep 2025 13:39:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>心の栞</title>
<description>
<![CDATA[
自分の人生を振り返ってみると、その時々に出会った人、いただいた言葉で心に残っているものがいくつもあります。小学校の恩師がいつも口にしていた「頭を使え」。例えば、箒や雑巾の使い方にしても、どういう角度で隅に充てれば効率的に埃が集められるのか、とか、ドッジボールの試合で、どういう角度で飛んでくるボールに向きあっていれば、アウトになる確率が減るのか、といったことを、子どもたちに理論的に考えさせようとする先生でした。NPO活動の恩師からは「利他主義的利己主義」。人の喜ぶこと、求めていることを提供することによって得られる、感謝の言葉や満足そうな表情に、自分のやりがいや達成感を覚えたり、社会貢献を仕事にすることで、他の仕事からは得られない満足感を得られる、といった、無意識の中にあった自分の価値観に気づかせてくれました。長男が中一生の時、その向き合い方に悩んでいた私は、ネット上で知り合った方に人生相談をしたことがあります。
その頃の長男は、自分の良いところが見つけられず、学校でも弱い立場にあって、「自分なんて何も良いところがない…」みたいに、後ろ向きな毎日を過ごしていました。
それを見ていた私は、「もっと自分の良いところを認めてやればいいのに」と思っていて、そのことを彼にどんなふうに言ってやればいいのか、悩んでいました。相談を受けてくれた方は、彼の生年月日などから、こんな性格ですよ、と教えてくれ、そばにいて見守っているように、とアドバイスをくれましたが、「繰り返し繰り返し、人の道を教えてあげてくださいね」とも言われました。
当時の私は、「人の道とは、重い言葉だな」と思いましたが、その後の子どもたちとの関わりの中で何度も、この言葉を思い出すことになりました。人生の時々に、そんな大切な出会いや言葉があって、今でも忘れられない心の栞になっています。カウンセリングの場面では、言葉の選択がとても大切です。
他の人ならなんでもない言葉が、その相談者には重いこともあります。
反対に、私の言葉を大切に心に留めてくださる方もあり、後日、「あの時、言ってくださったことで救われました」と感謝の言葉をもらうこともあります。これからお会いする方にも、そんなふうに心の片隅に、私の発した言葉が生きていてくれればいいな、と今日の面談を終えた今、感じています。
]]>
</description>
<link>https://aka-tsuki.info/blog/detail/20250822223817/</link>
<pubDate>Mon, 15 Sep 2025 20:14:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>人生の節目に紡がれる時間</title>
<description>
<![CDATA[
今年は昨年に引き続いて連日真夏日が続き、80歳を超えて二人で暮らしている両親が心配になり、思い切って実家に戻って一緒に生活することにしました。
元の住まいで自分の荷物を作りながら、その家で過ごした時間を思い返していました。長男が８カ月の時に前のアパートから引っ越し、次男がこの春に家を出るまで25年近く、子育ての期間をそこで過ごしました。
いらなくなった机や棚を処分するために移動させると、畳の色がそこだけきれいなままで、それなりの時間が経っていたことを物語っていました。
車好きな長男は、家の中をおもちゃの乗用車で乗り回していましたし、次男は専用の部屋がない代わりに、自分のスペースを何とか確保しようと頑張っていました。そんな面影をそこここで感じながら、自分の荷物をまとめていたのですが、思ったより物が多くて驚きました。
もともと物が好きでこだわりもあるので、趣味のものから思い出のもの、お気に入りのキッチン道具まで、何人分の引っ越しですか？というほど物がありました。
それでも、時間が経過したことで、かなりのものを処分することができました。そうしながら、自分の人生の一時代が終わったことを強く感じたのです。人生の節目とはよく言ったもので、生きている過程の中に、節目というものが何回か、必ず訪れます。
節目の間に紡がれた時間には、必ずしも満足のいくものではないこともあります。それを踏まえて、自分より若い相談者が悩んでいると、「人生にはいろいろな時期がある」というお話をすることがあります。
今、目の前の現実に不満を抱えていたとしても、そこに何らかの理由があれば、人は超えていけるのではないでしょうか。大事なのは、そんな不遇な時期であっても、「今はこういう理由があるから、自分はこういう状況の中にいるのだ」という理由を認識しながら、腐らず、焦らず、その期間を生き抜くことだと思います。
そして、「いずれこうなりたい」「こうありたい」という姿を描き、そちらへ何とか近づいていこうとする気持ちが大切だと思うのです。実家は私が高校生の頃に建てた家なので、壁紙や絨毯の色も自分が選んだままになっている部屋に、また舞い戻った形です。
ここで私は多分、両親の最後を見守ることになるでしょう。そう思うと気持ちはおだやかではありませんが、その後も、私の人生は続いていきます。母と並んでご飯を作り、テレビで野球を見ながら一喜一憂している父を微笑ましく見て、まだ両親が元気なうちに同居することができて良かった、と改めて思いました。これは両親のためでもありますが、同時に自分のためでもあります。
何事も悔いを残さないように、と思う自分にとっての自己満足でもあるのです。
正直、決断するまでには随分悩みましたが、これもまた、私の人生の一節であると、今は思えるのです。
]]>
</description>
<link>https://aka-tsuki.info/blog/detail/20250817115238/</link>
<pubDate>Sun, 17 Aug 2025 13:57:00 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
